里山民家で、偶数週の日曜日におこなわれるレンジャーのガイドウォーク。スタートの時、民家の構造の話などをよくするのですが、その中で、これはどうもなあ???とモヤモヤ思っていたことがありました。
*雪の里山民家(2月12日 朝7時)
里山民家には、片側に壁のない、窓も竹の格子だけという中二階のようなスペースがあります。
ここでは小作人や、でっち奉公など、この家の者ではない人が寝起きしていたと言われています。
このスペースについて話をするとき、よく僕が持ち出す話がありました。
僕の祖父は7歳で親元を離れ、でっち奉公へ出た。休みの日には3里の山道を一人で超え、母親へ会いに行ったというのです。
「せっつなくてせつなくて、涙ボロッコボロッコ出てよぅ」
と祖父は話してくれたことがありました。
僕はこの話をするとき、近くにいる7歳くらいの子どもの肩に手をやり「ねえ、君は何歳?君くらいの歳でねえ....」
と、この祖父の話をしていたのです。
しかし!
僕はどうもそれがモヤモヤと嫌なかんじだった。
なぜなら、僕がもし7歳で、レンジャーにそんな話をされたら
「そんなこと知るかよ!僕に関係ないし、ぜ~んぜんわかんないよ!」
と思うだろうと感じていたのです。
で、ずっとやっていなかったのですが、ついついこのまえ、地域の子ども会のために話したときに出してしまった!
で、最近見つけたこの本!
デイヴィット・ソベル著 岸由ニ訳 「足元の自然から始めよう」
この本の帯にはこんなことが書いてあります。
「小学校4年生まで悲劇はなし」。ここで私が言う悲劇とは、
幼い子どもたちの地理的、概念的な視野を越えた、
大きくて複雑な問題である。
熱帯雨林の破壊などはまさしく環境悲劇にあたる
人は自分の手に負えないような大きな苦しみは無視しようとする。これを心理学的に「解離」というわけですが、ここで言われる「環境悲劇」を、「時代の悲劇」、あるいは「貧困の悲劇」というようなものに変えれば、まさに僕は、それを7歳の子どもに悲劇を差し出していたわけです。
モヤモヤとしたことの裏には、必ず恐ろしいあやまちが隠れていることを肝に銘じなおさねばなりません!
この本は、まず子どもたちをエコフォビア(自然恐怖症)にしないためにも、足元の自然の素晴らしさから始めるべきだと言っています。
まったくもって!!!読んで腑に落ちることばかり!!!
岸由ニ先生は素晴らしいなナチュラリストであり、日本で最も重要な自然保護活動家でもある方ですが、僕はこの15年、レンジャーという仕事を東京の丘陵地公園で確立していくにあたり、なみなみならぬ支援と励まし、教えを受けてきたのです。
で、僕は最近、岸先生から痛烈で、熱情あふれるおしかりを受けていたのでした。
先生の教えは、やはり僕のこれからの道を示すものだったことは間違えなく、時間あるかぎり、先生の著作等を読んでいたところです。
2009年に第一刷が出たこの本。名著です!
熾烈な仕事の合間に、岸さんは子どもたちを思う、こんな本を翻訳していたんですね。
いや、思うだけなら誰でも思っている。愛情というだけなら誰にでもあるが、それが子どもを損なうことがある!
子どもを、客観的な視点で観察し、問題を明るみに出し、それを実証し、解決する。
いつかこの恩を返したい。「よくやったね」と言われたいなあ。
だいぶ御無沙汰していますが、こういう人がいるから頑張れるのです。
初めて里山民家にいったときうちの長男にそのお話されていたの、覚えています。子供へのアプローチは難しいですね。
早速アマゾンで注文しました。毎日じっくり読みすすめているソローの森の生活と エマソンの自己信頼とともに読みます♪
あおき | 2011年2月16日 14:25